旋盤の歴史を調べても、誰がいつ何を作ったのか、日本で「初」と言えるのはどこまでなのかが見えにくいものです。
本記事では、モーズリーのねじ切り旋盤、池貝の国産旋盤、日本のNC化の順に、博物館や日本機械学会の資料で確認できる内容を整理して解説します。
旋盤の歴史を年表でつかむ
旋盤の歴史は、1800年ごろのモーズリーのねじ切り旋盤、1889年の池貝の国産旋盤、1968年に池貝とマザックがNC旋盤の生産・販売を進めた動きを節目にたどれます。
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年 |
機械 |
一言 |
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1800年ごろ |
モーズリーのねじ切り旋盤 |
ねじ切り旋盤の先駆け |
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1889年 |
池貝工場製第1号旋盤 |
動力式として国産最古 |
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1968年 |
池貝A25型・マザックMTC |
NC旋盤の生産・販売が動き出した年 |
出典:日本機械学会「機械遺産パンフレット2012」(p.04 機械遺産第53号:製作年と「動力式としては国産最古」の記述)
出典:日髙千景「NC工作機械に関する考察(2):1950年代・1960年代の日本」『三田商学研究』62巻6号(p.90、本文「3)NC工作機械の趨勢」:池貝A25型・月産10台)
出典:日本機械学会「機械遺産第126号 米国輸出を果たしたNC旋盤 MTC-2500R」(解説文:MTCシリーズの製造販売開始)
ねじ切り旋盤の先駆け:モーズリーの旋盤の3つの特徴
ヘンリー・モーズリーは、1800年ごろにロンドンでねじ切り旋盤を製作しました。英国科学博物館はこの旋盤を所蔵し、高精度なねじ山づくりの先駆けとなった機械と説明しています。
2本の平行な棒の上を動く刃物台
旋盤は、2本の平行な三角形の棒の上に構築されていました。両棒にまたがる刃物台(バイトを取り付けて動かす台)には、ねじ送りと、切込み量を調整するマイクロメータ目盛りが付いていました。
切込み量とは、刃物が削り込む深さのことです。
親ねじと交換歯車でねじ山を刻む仕組み
両棒の間に通した親ねじ(回転して刃物台を送る長いねじ)が刃物台を動かし、交換歯車を介して主軸(加工物を回す軸)と歯車でつながっていました。
交換歯車は現存しません。
モーズリー以前のねじ山は、手作業で粗く作られたものでした。
手動で動かす旋盤だった
モーズリーの旋盤は、人の手で動かす手動駆動の機械でした。
同館が所蔵するねじ切り旋盤の模型には、大きなねじを作るために特に設計された、かなり進んだ機械という解説が付いています。
出典:Science Museum Group「Model of screw-cutting lathe with associated tools」(物品番号1900-19:Description)
国産旋盤の歩み:池貝工場製第1号旋盤
池貝工場製第1号旋盤は、日本機械学会が動力式としては国産最古と位置づける旋盤です。英式9フィート旋盤で、1889(明治22)年に製作されました。
池貝庄太郎と弟・喜四郎が、乏しい設備で作った旋盤
池貝庄太郎は日本最初の工作機械メーカーである池貝工場の創業者で、弟の喜四郎とともに自社の工場設備としてこの旋盤を製作しました。
日本機械学会の解説では、製作当時の同工場に英式の12フィートと6フィートの旋盤が2台あっただけとされています。
乏しい機材の中で作られた旋盤は、マザーマシン(工作機械を作る工作機械)国産化の道を拓きました。
ベッドと親ねじ、変速の仕組み
心間距離(加工物を支える両端のセンタ間の距離)は5フィート(実測値1550ミリメートル)で、ベッド(主軸台や刃物台を載せる台)は英式です。ベッドに切り落としがあるため、大径物を切削加工できます。
ねじ切りと自動縦送り用の親ねじが設置され、3段のベルト車とバックギアで6段変速です。
現在の旋盤と異なり、横送り軸のウォーム歯車が背面にあります。
出典:日本機械学会「機械遺産パンフレット2012」(p.04 機械遺産第53号の解説文)
日本のNC旋盤はどこまで「初」と言えるか:試作・量産化・輸出の3段階
最初のNC旋盤がどの機種だったのかは、下記の日本機械学会の資料と学術論文では特定されていません。
NC(数値で機械の動きを制御する方式)の仕組みとCNCの違いは、「CNC旋盤とNC旋盤の違いを徹底解説——歴史・構造・中古選びまで」をご覧ください。
試作の段階:東工大と池貝が作ったNC旋盤
日本に米国のNC工作機械の情報が伝わったのは、1953年9月でした。翌1954年、東京工業大学は老舗工作機械メーカーの池貝鉄工と協力して、NC旋盤の試作品を製作しました。
論文は、この試作品を実用に耐えるものではなかったという話として紹介しています。
量産化の段階:池貝のA25型とマザックのMTC
論文は、1968年以降にNC旋盤の生産台数が飛躍的に増えたと記しています。論文が紹介する当時の記事によると、池貝鉄工は1968年1月にA25型NC旋盤を主力製品とし、年内の月産10台を目指しました。
山崎鉄工所(現ヤマザキマザック)も同年に汎用旋盤のNC化に成功し、MTCシリーズの製造販売を秋に始めています。
MTCシリーズは、1976年までに累計578台が生産されました。
輸出の段階:MTC-2500Rが国産NC機として初めて米国へ
1970年製のMTC-2500Rは、日本機械学会が「国産NC機としては初めて米国に輸出されたモデル」と記す旋盤です。NC制御装置にはFANUC 240が搭載されています。
この「初」は米国への輸出に限った表現で、NC旋盤そのものの最初を示すものではありません。
出典:日本機械学会「機械遺産第126号 米国輸出を果たしたNC旋盤 MTC-2500R」(解説文)
歴史でたどった旋盤を、現代の旋盤の各部名称で見直す
歴史に出てきた旋盤の構成は、現代の旋盤ではベッド・主軸・親ねじ・刃物台といった名称で整理されます。
各部の見方は、「旋盤の各部名称を図解で解説|役割・英語名・NC旋盤との違いまで」をご覧ください。
中古旋盤の選び方は、「中古旋盤の選び方・価格相場・購入先を徹底解説【失敗しない7つのポイント】」にまとめています。
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旋盤の歴史についてよくある質問
Q1. 池貝工場製第1号旋盤は、日本機械学会の機械遺産に認定されていますか?
池貝工場製第1号旋盤は、日本機械学会の機械遺産第53号(2012年度認定)です。
英語名はIkegai Standard Engine Lathe No.1、パンフレットの施設欄の記載は国立科学博物館(東京・上野)です。
NC旋盤のMTC-2500Rも、機械遺産第126号に認定されています。
出典:日本機械学会「機械遺産パンフレット2012」(p.01 2012年度機械遺産一覧、p.04 英語名・施設欄)
出典:日本機械学会「機械遺産第126号 米国輸出を果たしたNC旋盤 MTC-2500R」(認定番号・解説文)
Q2. モーズリーの足踏み式の旋盤は、誰に向けて作られましたか?
アマチュア機械工や小さな工房への販売を目的とした旋盤です。
英国科学博物館が所蔵する、1812〜1820年ごろにモーズリーが製作した足踏み旋盤の解説に書かれています。同館は、モーズリーの工作機械が効率と精度の新しい水準を示したと記しています。
Q3. 弓旋盤はどのように動かす旋盤ですか?
弓の前後の動きで加工物を回して削る旋盤です。
弓の弦が加工物に巻き付くため、回転の向きは周期的に逆になり、切削は加工物が旋盤工の手前に向かって回るときだけ行います。英国科学博物館は、中東で古代から使われてきた型の弓旋盤の近代の例を所蔵しています。
出典:Science Museum Group「Dead centre lathe with gauge tools」(物品番号1912-74:Description)
Q4. 刃物台(スライドレスト)はモーズリーが発明したのですか?
英国科学博物館は、刃物台を「再設計」されたものと説明しています。
刃物台はそれまでほぼ装飾加工にしか使われておらず、モーズリーの足踏み旋盤で技術者の道具として作り直されました。同館の解説は、刃物台の発明者には触れていません。
Q5. 足踏み式の旋盤はいつ導入され、ポール旋盤とどちらが一般的でしたか?
足踏み式は、踏み板とはずみ車で同じ向きの連続回転を得る方式です。
英国科学博物館の解説では、この方式は15世紀に導入されましたが、ポール旋盤は18世紀末までより一般的でした。
木工旋盤の種類は、「木工旋盤とは?選び方からおすすめ機種・バイトの種類まで初心者向けに解説」をご覧ください。
出典:Science Museum Group「turning lathe」(Lathe, wooden frame, late 18th century:Title/Description)
まとめ:旋盤の歴史はねじ切り旋盤の先駆けから国産化、NC化へ進み、日本の「初」は条件を限定して語る
旋盤の歴史は、モーズリーのねじ切り旋盤、池貝の国産旋盤、日本のNC化の順にたどれます。モーズリーの旋盤は手動駆動で、ねじ切りの先駆けでした。
池貝工場製第1号旋盤は動力式として国産最古で、NC旋盤は試作・量産化・輸出に分けて見る必要があります。日本の「初」は、機種と条件を限定しないと言い切れません。
中古旋盤の導入を考える場合は、各部の名称を押さえたうえで選び方を確認してください。
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